2016年、リオデジャネイロオリンピックに向けての代表選考でもあるで2014年の講道館杯で敗退した為東京グランドスラムにも選出されなかった。
誰もが、そして原沢選手自身もリオオリンピックへの道は閉ざされたと思ったという。
そんな中でも、オリンピックが全てではない。全日本や世界選手権で勝てる選手にならなければとういう思いで強くなる事に重点をおき、稽古やトレーニングに励む日々を過ごした。
とにかく目の前にある大会で勝つこと、そして来たる全日本選手権で優勝する事を第一の目標として前に進む事だけを考えた。
当時の100キロ超級の代表争いは2014、2015年世界選手権準優勝の七戸龍選手を、2010年世界選手権王者の上川大樹選手と2014年全日本選手権王者の王子谷剛志選手が追いかける構図となっていた。
そして迎えた2015年の全日本選手、
講道館杯での敗退をポジティブに捉え、ただ純粋に日本一を目指して挑めた全日本選手権。
初戦から思い切りのいい攻めの柔道で勝ち上がり代表最有力候補の七戸選手を決勝で破り優勝した。
この結果に対して本人曰く優勝という結果以上に、”世界で勝てるよいう可能性と、強くなっている”という手答えを感じた大会であったという。
世界代表最有力候補七戸選手を決勝で破るという最高の形で、オリンピック代表への反撃が始まった。
そこから出場する国際大会では圧倒的なパフォーマンスで優勝し続けた。
そんな姿にいつからか観衆は七戸選手vs原沢選手の代表争いを描き、
その年の12月、グランドスラム東京の決勝で、またしても七戸選手との一騎打ちが行われることとなった。
これで優勝した方が大きくオリンピック代表に大きく近づく状況で、まだ七戸選手のほうがリードしていると思われていた。
この試合で接戦の末に延長戦にて反則指導差で原沢選手に軍配があがった。
そして最終決戦はオリンピック開催年の全日本選抜での決着となるように持ちこんだ。
前年の講道館杯での敗退、誰もが不可能だと思ったオリンピックを着実に自分に引き寄せる原沢選手は、
”どん底からのスタートだったので気持ちは楽だった
負けたら終わりでもいいよ
だけど、負ける気はしなかった”
と語っていた。
気持ちの余裕と自信のバランスがうまくフローに入ってる姿がそこにはあった。
続く。
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